ひとり睡眠アンソロ

[夜はこれから]

「おら、寝台行け」
「はあい」
間延びした声をあげて、のろのろと寝室へ移動する太宰を横目に、チェストの引き出しに手を伸ばした。
目当てのものを取り出し、背中を追う。

寝台の端に座り込んだ太宰の前に立ち、服を脱がせるために声をかける。
「腕上げろ、ばんざーい」
「ばんざーい」
知能指数が劇的に下がっている気がする。だんだん楽しくなってきた。思わずくつくつと笑ってしまった。少し遅れて太宰もつられるみたいに頰を緩める。
「何笑ってんだよ」
鼻先をつまみあげられて、太宰の声がこもる。
「ふふ、ちゅうやもわらってるじゃない」
「酔ってるからな」
「そうだね」
額を寄せて肩を震わせて、くすくすと笑う声がこぼれる。暗い室内に光がぽうっと灯ったみたいで、上の服を脱いだ姿なのに、ほのかな暖かさがあって、酷く心地がよかった。太宰がここまで酔っているのは珍しい。此奴と同じペースで飲むと、酔いつぶれるのは大抵こちらだ。だからこそ、かもしれない。あてられて・ ・ ・ ・ ・いる気がする。指先で弄んだ包帯を落としかけて、慌てて掴み直した。これ以上は考えるまいと頭を切り替える。

「今日はもういいよ」
巻き直そうと端を引き出した包帯を、太宰はするりと奪い去った。
「はやく寝よう?」
どんなことがあっても包帯だけはきっちりと巻き込んでいるのが常なのに、珍しい。肩口にできたま新しい傷は、たんと摂りこんだアルコールで上気して、あざやかな赤色を見せている。
「寝てる最中に擦れたら痛えだろ」
「中也を下敷きにするから大丈夫」
言い終わりもしないうちにがばりと覆い被さって、寝台に寝そべる。
こうは云っていても、どうせ朝になれば痛い痛いと文句を垂れ流すのだ。減らず口に制裁を加えねばと傷痕に爪を立てると、顔がぎくりと音を立てた。つつ、と傷の淵をなぞる指先に合わせて太宰の身体が細かく震える。鳶色の瞳の奥、仄かな火がじわりと灯る。
喉の奥が笑う。
「誘ってんのか」
「っ、さっさと寝るつもりだったのに、なぁ」
「説得力が全くねぇな」
赤みの増した顔がちゃんと見たくて、額にかかる髪を払って、落ちた束を耳に掛けてやれば、満更でもない目をした男が手のひらにするりと擦り寄った。空気が揺れて、空いた距離が詰められる。
どうしてやろうか。思案しながら、寝台に置き去りになった太宰の服を蹴り落とした。