ひとり睡眠アンソロ

[彼の為の言葉]

「ほっせぇ首、」
言葉にするつもりもなかったのに。
薄い皮と気道の筋に手を這わす。このまま物理的な力を込めるだけで簡単に息を引き取るだろう。馬乗りになった俺の膝を支える寝台が歪な音を立てた。
高身長に見合わぬほどに伸びた細い首筋の、薄いくぼみ。親指を当てて押さえる。込めるのはたった数百グラムの力。
簡単だ、赤子の手をひねるより簡単なこと。たとえ異能を無効にする力があろうが、意識のない太宰であれば己の力だけで容易に、
(────殺せる)

『ずいぶんと情熱的な起こし方だね』
ゆったりと開かれた目蓋は、まるでこうなることをわかっていたかのようだった。つい先程まで睫毛の微々たる動きもなく、確かに眠っていたのに。
その言葉に音はない。唇の動きを、目で追わせるように緩慢に動作する。
態とらしい鈍い動きが苛立ちが募る。そんなもの、今更。音にすらならない意思を何度汲んだと思っているのか。
そうして言い終えて、まるで花が綻ぶような微笑みをこぼす。

『わたしを殺してくれるのかい』

『美女との心中がお望みなんだろ』
『今の君なら、文字通り息の根を止めてくれるでしょう』
『そりゃあな』
抜かりはない。油断なんてものは有り得ない。僅かな詰めの甘さが命取りになる世界に生きている。
『それなら、私は死ぬことを優先するよ』
こういう言葉を装飾なく宣う、この男が心底嫌いだ。